浦河神社について

 

 

御祭神

 

保食神  うけもちのかみ  (殖産興業)
大物主命 おおものぬしのみこと (水産守護)
市杵嶋姫命 いちをしまひめのみこと(航海安全)

 

 


 

由緒

 

  • 金刀比羅大権現祭祀

寛文 九年(一六六九)

松前の将佐藤権左衛門は東蝦夷地守護神として讃岐(香川)琴平山の金刀比羅宮より大物主命の神霊を歓請して、金刀比羅大権現一祠を建立

 

 

  • 稲荷大明神祭祀

享和 元年(一八〇一)

渡島国松前郡の住人で浦河の場所請負人佐野嘉右衛門は支配経営と住民安静のため

山城(京都)伏見の稲荷大明神より保食神の神霊を歓請して稲荷大明神一祠を建立(御鎮座元年)

 

 

  • 天女宮殿浦河大明神祭祀

文化 四年(一八〇五)

幕府より露冠の警護を命じられた南部藩は浦河に会所を設けて兵三百名程度で勤番をしていた

南部藩主南部大膳太天は家臣一戸義左衛門政戸に命じ海上守護のため安芸(広島)佐伯の厳島神社より市杵嶋姫命の神霊を歓請し天女宮殿浦河大明神一祠を建立

 

 

  • 三祠合祀

天保十三年(一八四二)

魚場支配人近江屋周助は石屋根の社殿を建立し前記三祠を一社に合祀し稲荷社と奉称

明治 八年(一八七五)

大政官布告により郷社稲荷神社と公称

昭和 六年(一九三一)

北海道庁指令により郷社浦河神社と改称

昭和三一年(一九四六)

宗教法人令により宗教法人浦河神社と認証